― 200Hg/mm アゲイン ―
晴れて退院の運びとなり、帰宅すると、家庭用の血圧測定器が届いていた。ペンダント医者の世話にはならぬと心に決めたツンドラではあったが、血圧コントロールの大切さは充分認識していたので、入院中にネットで頼んでおいたのだ。
その日の夜から早速、計測開始だ。125Hg/mmの80Hg/mm、フムフムいいゾ。翌日、132Hg/mmの87Hg/mm、まあまあだな。そのまた翌日、155Hg/mmの89Hg/mm、ん?ちょっと高めか?奇妙なことに、数値が日に日に上がってゆく。そして3日目の晩、測定器が示した収縮期血圧は、200を超えていた。
ガビ〜ン!アタマの中で、K心臓呼吸器病院の看護師たちの
「安静にしてないと、また裂けますよ。」
という声が、コダマのように鳴り響く。何故だ?! 病院では、常に正常値の範囲内に収まっていたじゃあないか。ショックを受けたツンドラは、さっさとフトンに入り寝てしまった。
翌日、近所の内科クリニックへ行き、
「血圧が200を超えちゃったんです! 」
と訴えた。これまでの経緯を伝え、とりあえず降圧剤を1週間分処方してもらう。K心臓呼吸器病院からもクスリは貰っていたが、それは飲みたくなかった。
降圧剤を飲んだ翌朝、148Hg/mmの96Hg/mm、お、下がったじゃん。2日目の朝、176Hg/mmの104Hg/mm、げっ、また上がっちゃったよ。以降、概ね150台〜180台の間で推移する我が血圧。1週間が経ち、再び訪れたクリニックでの測定値は、ものの見事に200超え。医師の判断は、クスリの量を倍にして、3週間様子を見るというもの。
しかし、クスリを倍飲んでも、測定結果に大きな変化は見られなかった。低い時には130台も出るが、高い時にはやはり180を超える。そんな折、落語家の笑福亭笑瓶さんが亡くなった。死因は『大動脈解離』。
「安静にしてないと、また裂けますよ。」
K心臓呼吸器病院の看護師たちの声が、またしても、ツンドラのアタマの中で鳴り響く。
クリニックへ行くと、待合室のテレビが映すワイドショーでは、笑瓶さんの急死を特集している。診察室に入れば、医師が笑顔で、
「いやー、笑瓶さん、大動脈解離で死んじゃったねー。怖いねー。」
とかます。なんと無神経な。そして血圧測定。予想通りの200超えに、「アラ〜」とうろたえる看護師さんのリアクションが切ない。
この結果を見て、医師は市内の大学病院の循環器外科宛に、紹介状を書くことにした。リスク回避のために、いま一度外科的な評価をしてもらった方が良いと判断したのだろう。ツンドラが退院して、ひと月が過ぎようとしていた。
― 過緊張 ―
大学病院ではCT撮影、心電図検査、血液検査などが行われた。結果は問題ナシ。大動脈解離で裂けた箇所も、退院時の画像よりさらに収斂しているとのこと。ただし、相変わらず血圧だけが異常に高い。こちらの病院には都合3回行ったが、診察前の血圧測定は毎回200超え。その都度、ツンドラの中の血圧恐怖メーターの目盛りも上がる。
こんなに血圧が上がっちゃうなんて、何か悪い病気でもあるのかしら?大学病院の医師は、やたらエラソーな爺さんだったが、二次性高血圧*の検査はしてくれなかった。内科の領域ということか。タテ割り診療とはこのことだ。
* 二次性高血圧とは、フツーの高血圧(本態性高血圧)とは違い、腎臓や甲状腺などの異常により誘発される高血圧のことである。
この時期、ツンドラは、漢方を処方する精神科のクリニックにも通い始めていて、降圧剤もこちらで処方してくれるとのことなので、ついでに二次検査もお願いすることにした。
結果はシロ。しかしながら、3種類の降圧剤をマジメに服用しているにも拘らず、血圧が劇的に下がることはなかった。家で測ると、だいたい150台から170台。たまに 130台とかが出るとルンルン、朝から180を超えちゃったりすると、一日ブルー。時折、背中や脇腹が痛くなったりすると、また血管が裂けるんじゃあないかと慄きが走る(実はただの“スマホ”筋肉痛)。
そんな日々を過ごすうちに、ツンドラは、血圧を測ることにホトホト疲れてしまった。あの、測定器が作動する時の「ブィ〜ン」という音、カフスが腕をギュウッと締め上げる感じ…まるで拷問だ。
「ワタシの人生は、血圧のためにあるんじゃなーい!」
誰にともなくブチ切れて、ツンドラは、血圧を測るのもクスリを飲むのも止めてしまった。これで死んだら、それが自分の寿命ってことだと本気で思った。
それから3ヶ月、死ぬことはなかった。そして、漢方クリニックでの血圧測定では、その数値が徐々に下がってきた。通院前に安定剤を飲んだり、測定時に呼吸を深くすることで、血圧を下げるコツを覚えたのだ。通い始めた頃は毎回200を超えていたものが、160台→140台→120台といった感じ。
ここで漸くツンドラは気付いた。ハイパー高血圧の原因は、“過緊張”だったのだ。改めて血圧手帳を見返すと、医療機関へ行く前日と当日の血圧が、突出して高い。ケンコーのために医者に診てもらいに行くのに、それが却ってケンコーに悪いという、皮肉な図式である。
それに気付いたことで、振れ切っていた血圧恐怖メーターの目盛りも下がり、再び血圧を測る元気とクスリを飲む意欲が湧いてきた。日常生活においても、ハラを立てたりイラついたりせず、心を穏やか〜に保つよう努めるようになった。
その結果、収縮期血圧が130台〜160台、拡張期血圧が90台〜100台の範囲内を上下するようになった。厚労省に言わせれば、これでも立派な高血圧患者なのだろうが、ツンドラにしてみれば、自分で自分をホメてやりたい心境だ。
― オレもオマエも異常者だ! ―
その後、血圧は徐々に安定し始め、高い時でも上が140台、下は90台で概ね推移するようになった。最も低くなる午後2時前後の測定では、上が110を下回ることもある。
厚労省が定める血圧の正常値は、家庭血圧で115/75mmHg以下、診察室血圧では120/80mmHg以下とされている。そして我が国では、約4,300万人がこの基準を上回り、《高血圧患者》に分類されてしまうそうだ。そんなバカなと思いませんか?4,300万人ということは、日本人の3人に1人が高血圧症ということで、生活習慣病が現れる中高年層を分母にすれば、その比率は3人に2人くらいになってしまうだろう。
「高血圧は放っておくのが一番」式の言説に与する気はさらさらないが、それでもこの数字を見ると、基準の方が間違っていると思わざるを得ない。ひと昔前は、年齢プラス90(収縮期)が妥当と言われていたのだ。ケチケチしないで20くらい上方修正するだけで、医療費の国庫への負担がドーンと減るぞ。
だから、正常値とされる数値より多少高めでも、ツンドラは気に病まない。恐怖の200超えを体験した身としてみれば、140台だって御の字だ。知り合いに、血圧180で朝からお肉を食べている82歳熟女がいるが、元気ハツラツで旅行やマージャンを楽しんでおられる。
血圧はツンドラにとって、もはやキョーフの対象ではなくなった。一時は目にするのもイヤだったオムロンの血圧測定器だって、いまや大切な健康生活のパートナーだ。一病息災、緩めの養生を心がけて、せいぜい長生きしてやろうと思う。