『蛇少女』


― ミッション ―

 チュンチュンという雀たちの鳴き声で、洋子は目を覚ました。冷たく硬い感触は、いつも寝ているベッドではない。うつ伏せの状態から起き上がろうとして、洋子は自分が後ろ手に縛られていることに気づいた。
 ガラガラと戸が引かれる重たい音がして、誰かが室内に入ってきた。
「洋子さん、お起きなさい。」
「ここは…?」
まだ半分朦朧とした意識で洋子が問いかけると、
「お屋敷の土蔵ですよ。」
ナガ子おば様の声が答える。
「アッ、うわばみ!」
上半身をのけぞらせながら、洋子は叫んだ。
「ホホ、バレてしまっては仕方がないわね。」
事もなげにそう言うと、おば様は洋子の前に跪いた。
 「ねえ、洋子さん、今日がなんの日かご存知?」
謎を掛けながらも、答えを求めてはいない。
「今日はね、あなたのひいお祖父さん、中村利平が死んだ日よ。」
そうだ。この日が曾祖父の命日であることを、洋子は思い出した。洋子の両親は、彼女の前でうわばみの祟りの話をすることは決してなかったが、毎年この日には、村の神社の神主さんを家に招いて、お祓いをしてもらっていた。
 「六十年前、あの思い上がった男は、人の世界と神域との境を土足で踏み越えた上に、わたくしの左目を銃で撃ち抜いたのよ。」
蘇る憎しみに、おば様は眉根を寄せた。
「ですからわたくしは戒めとして、あの男とその子孫をことごとくとり殺してきた。」
それから一変して楽しそうな表情になると、おば様は、ねっとりと舐めるような視線で洋子を見つめた。
「あなたのことも、さっさと殺してしまおうと思ったけれど…」
白く長い指で、洋子の顎に触れる。
「最後の生き残りですものね。惜しいから止めたわ。」
 ここまで言うと、おば様は着物の合わせ目から、スッと何か細長いものを取り出した。小型の千枚通しである。次に、その鋭く尖った先端を、自分の左の人差し指に突き立てた。鮮やかな赤い血が、指先で玉となって盛り上がる。
 「さあ、洋子さん、この血を飲むのよ。」
おば様は、自らの血に濡れた指を、洋子の鼻先に突きつけた。
「この血を飲めば、あなたもヘビの仲間入り。そして未来永劫、わたくしに仕えるのよ。」
「イヤよッ!」
不自由な身体を捩らせながら、洋子は激しく拒絶した。そんな洋子を冷やかに見下ろしながら、おば様は右手で彼女の両頬をギュッと掴んだ。そして、信じられないような怪力で無理やり口を開かせると、左の人差し指を彼女の口の奥深くまで差し入れた。
 「キャアーッ!」
生臭い血の味が口中に広がると同時に、洋子の意識はグルグル旋回する渦の中へと巻きこまれていった。

 どれくらいの時間が経っただろうか。意識を取り戻した洋子は、ムックリと上体を起こした。後ろ手に縛られたまま、人間離れした柔軟さで身を反らせているその様子は、まるで鎌首をもたげたヘビのようである。
 「クックッ、見事な“蛇少女”になりおおせたわね。」
ナガ子おば様は満足そうに笑うと、洋子の後ろに回って手首の縄を解いた。
「では、最初のお仕事を上げましょう。あなたのお友だちのサツキをヘビにしておいで。あの娘は、わたくしの正体を知っている。このままにはしておけないわ。」
 洋子は、感情の動きをまったく映し出さない冷たい三白眼でおば様を見上げると、
「かしこまりました、うわばみ様。」
と答えた。