『蛇少女』


― 洋子失踪 ―

 山中村はその名の通り、四方を山に囲まれたのどかな村である。わずかな耕作地で稲作や畑作も行われてはいるが、村の経済は、もっぱら林業で支えられている。サツキとカンナの父、山川幸作も、『山川木材』という製材所を経営する林業家であった。

 洋子が山川家を後にして十日ほどが過ぎたこの日、サツキが厨でおばあちゃんのお手伝いをしていると、表でキィーッと車の停まる音がした。
「あ、お父さんが帰ってきた。」
土間の引き戸をガラリと開けて入ってくる父親を、サツキは満面の笑みで迎えた。
「お帰りなさい。今日ね、裏の竹藪で、巨大なタケノコを掘り当てたの。今夜はタケノコづくしよ。」
タケノコの煮付けが盛られた鉢を捧げ持ち、自慢げに報告する娘をチラリと見ると、お父さんは、
「ああ…」
と、気のない返事をした。
 「どうしたの?顔色が悪いわ。」
いつになく生気のない様子に、サツキは心配になって尋ねた。
「いや、洋子ちゃんのことなんだがね、大変なことになってしまったんだよ。」
上がりかまちにドカッと腰を下ろしながら、お父さんは言った。
「新しい環境にもそろそろ馴染んだ頃かと思って、今日、様子を見に行ってみたんだ。」
「おや、そうだったのかい。」
おばあちゃんとカンナも、近くに寄ってくる。
 「ところが、教えられていた住所を訪ねてみても、家の一軒もありはしないんだ。」
「ええっ?」
一同は、驚愕の声を上げた。
「山の奥のそのまた奥で、辺り一帯は見渡す限りの杉林。途中、集落があったので、そこまで戻って訊いてみたら、『あの辺にゃ、人なんか住んじゃいませんよ』だとさ。」

 ここまで話すとお父さんは言葉を途切れさせ、何かを考えこんでいるような様子を見せた。
「あの二人連れ…」
洋子を連れ去った怪しい男女のことを言っているのだと、サツキはすぐに理解した。
「いま思い返すと、いろいろと腑に落ちない点があったんだが、あの時は、何故だか彼らの話を鵜呑みにしてしまったんだ。」
 「それを言うなら、わたしも一緒だよ。」
おばあちゃんが同調する。
「あんまりいいお話なので、なんだか頭がボーッとしてしまって、筋道立ててモノを考えることができなかったんだよ。」
彼らの幻術に、みんなして惑わされたということか。
 「先方に会うこともせずに洋子ちゃんを手渡すなんて、どうかしていたとしか言いようがない。まあ、そんなワケで、駐在所に寄って捜索願いを出してきたんだよ。」
そう言うと、お父さんは自分を責めるように、深いため息を吐いた。
 「洋子ちゃんが行方不明!なんてことなの!」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、サツキはワナワナと震えた。