《第四章》
― 供花 ―
ファンたちを熱狂の渦に巻き込んで、『ザ・ミッションズ』単独コンサートは終了した。公演では、彼らにとって三作目となる『真珠の涙』も披露された。このタイトル、さすがに“三匹目のドジョウ”はなかろうと、メンバーは抵抗したのだが、
「曲調がガラッと変わるから、大丈夫。」
と、中山社長に押し切られた。
楽曲の舞台はいにしえの中近東、囚われの王子とハーレムの美女の悲恋を歌った新曲は、アラビア音階を取り入れた斬新なメロディと、ベリーダンス風のジェスチュアで世間をアッと驚かせ、後日、前二作を凌ぐヒットとなった。
話が逸れたが、公演翌日、朝寝を決め込んでいた三人は、ゴローからの電話で起こされた。
電話口に出たヨシオが伝えられた話の内容は、以下のようなものであった。
「昨夕、都内で、小日向幸子さんという十六歳の女の子が、トラックに撥ねられて死亡した。脳挫傷による即死だった。現場に残された遺留品や関係者の証言から、彼女は、『ザ・ミッションズ』のコンサートへ向かう途中であったことが判った。今現在、マスコミが押しかけてえらい騒ぎになっているので、しばらく事務所の方へは来ないように。」
集団就職で上京した少女が、グループサウンズのコンサート会場へ向かう途上で交通事故に遭い、死亡したというニュースは、世間の同情を誘った。一方で、日頃からグループサウンズを“公序良俗の敵”として苦々しく思っていた人々は、『ザ・ミッションズ』や被害者のサチコにはなんら非がないにも拘らず、ここぞとばかりに若者たちの無軌道を非難した。
だが、人の心は移ろいやすいもの。彼らが粛々と仕事をこなすうちに、週刊誌の見出しは他の話題に取って替わられ、騒ぎも次第に収束していった。
ひと月ほど経ったある日、テレビの収録を終えた三人は、事故現場へ行き花を供えたいと、ゴローに申し出た。事故の直後に、ゴローが一人で現場を訪れ、供花してくれていたが、このことは、ずっと彼らの心に掛かっていたのである。
ゴローも、今ならもう、メンバー自身が姿を見せても人目につくことはあるまいと判断した。
「じゃあ、いまから早速行ってみようか。」
ということになり、彼らはゴローの運転するバンに乗り、海浜地区へと向かった。
事故が起きたのは、大通りから少し入った小さな四ツ辻である。付近一帯には大小の工場や倉庫が建ち並び、夜になると人通りは殆どない。サチコを悼んで供えられていた花や『ザ・ミッションズ』関連のグッズなども、いまは取り払われ、何もない舗道を街灯が寂しく照らしていた。
彼らは途中、まだ開いていた花屋で作らせたスィートピーのブーケを、角に立つ電信柱の足元に置いた。自分たちのコンサートを聴くことを願い、苦労してチケットを手に入れ、しかし、それが叶えられぬまま逝ってしまった少女の心の裡を想うと、一同は言葉もなく、ただ黙祷を捧げることしかできなかった。
― 憑依 ―
表通りの方から、人影が近づいくるのに気付いたゴローが、
「そろそろ行かないと…」
と、三人を促す。彼らは再びバンに乗り込み、現場を後にしたが、皆、いつになく無口になってしまっていた。
「ぐうぅ~。」
しかし、ハラの虫は黙っていなかった。
「ハラ減った…」
というミチオの一言で、全員が、まだ晩ゴハンを食べていないことを思い出した。ちょうど前方に、『ブルースカイ』というドライブインの看板が見える。
「寄ってく?」
とゴローが問うと、三人は即座に
「お願いします!」
と答えて、変装用の帽子やサングラスなどを身に着け始めた。
ゴローがバックミラーを見ながら、左へハンドルを切る。
「キィーッ!」
車がドライブインの敷地内に入ると同時に、急ブレーキが踏まれた。驚いた三人が口々に、
「どうしちゃったの、ゴローさん?」
「ネコでも横切った?」
などと問いかけても、ゴローは返事をしない。ハンドルの上に突っ伏して、ただガタガタと震えている。
しばらく経って、ようやく顔を上げたゴローは、上ずった声で、
「うっ、うっ、後ろっ、後ろっ…」
と言いながら、親指で後方を指し示した。振り返った彼らが見たものは、楽器や機材、衣装など、雑多な物が積み込まれたバンの荷台に座る、血まみれの少女の姿であった。
「うわぁーっ!」
全員がドアを開け、車の外へと逃げ出した。十メートルほど走ったところで四人の男は足を止め、互いの手を取りながら言い合った。
「みみみ、見た?見た?」
「うん。にっ、荷台に女の子が…」
あとは言葉にならない。
彼らはしばらくの間、離れた場所からこわごわとバンを眺めていたが、そのうちに、気を取り直したヨシオが口を開いた。
「もしかして、“目の錯覚”だったのかな?」
「“集団催眠”てヤツかも。」
とミチオが言えば、
「そうだよ。ボクたちきっと、疲れてるんだよ。」
と、ワタルもそれに同調する。
「よし!ひとつ確かめてみよう。」
ということになり、彼らはおよび腰でバンに近付いていった。窓からそおっと中を覗いてみると…先程と同じ場所に、“ソレ”はいた。膝を抱えてちんまりと座っている。
自分を見つめる視線に気付いたのか、“ソレ”は彼らの方へ顔を向けると、ニッと笑いかけた。飛び出た右目、目蓋の腫れ上がった左目、ところどころ歯の折れた口元、そして、額から流れ出て顔から胸元までを真っ赤に染め上げている血糊…車外から射し込む街灯の光を受けて、それらすべてがハッキリと見えてしまったから、堪らない。彼らは再び、「うわぁーっ!」と叫んで走り出した。
その時、
「待って!逃げないで!」
という声が聴こえた。音声として聴こえたというより、頭の中で直接響いた感覚である。彼らは走るのをやめ、後ろを振り返った。
語りかける声が続く。
「わたし、サチコといいます。皆さんのファンなんです。ですから、どうぞ怖がらないで下さい。」
そう言い終えると、少女は開いたままの車のドアから外に出て、ユラリと揺れながら路面に立った。
「き、君は…事故で亡くなった、小日向幸子さん?」
一同を代表してゴローが尋ねると、少女はコックリと頷いた。
「パオパオパオーン!」
クラクションをけたたましく鳴らして、一台のダンプカーがドライブインの敷地に入ってきた。『ザ・ミッションズ』のバンは、思い切り進路を遮っている。運転手が窓から顔を出して、もの凄い迫力で怒鳴りつけた。
「ゴルァ、なんでこんなところで停まってんじゃい、このボケ!」
「あぁ~、すみません!すぐに動かします!」
現実世界にも、怖いものはいっぱいある。ゴローは慌ててバンに乗り込むと、駐車スペースへと移動を始めた。
― 除霊 ―
残された三人は仕方なく、ゾロゾロと車の後を付いてゆく。目を合わさないように気をつけながら背後の様子を窺うと、彼女もやはり、付いてくる。
駐車場の一角にゴローがバンを納めるのを待って、彼らは、建物の陰の人目につかない場所へと移動した。とりあえず、小日向幸子さんの霊に帰って頂かねばならない。さりとて、何をどうすればよいのか、皆目見当がつかない。
四人の男たちは霊を取り囲んで、しばらくの間呆然としていたが、やがて、ヨシオが口を開いた。
「おいワタル、オマエ、神主のタマゴだろう。除霊とかできないのか?」
「ムリだよ。ボクごときが除霊なんて…」
神社という特殊な環境で育ったワタルであったが、いわゆる“見える人”ではなかった。むしろ、神官を志す者として、人知を超えた力を尊ぶ思いが強かったので、娯楽や商売のネタとして語られる怪談話には懐疑的であった。そんな彼がいま、圧倒的な心霊現象に遭遇している。
混乱しているワタルに、ヨシオはたたみかけた。
「そんなの、やってみなきゃ判らんだろう。ホラ、オマエの十八番の祝詞、あれを唱えてみたらどうだ?」
「《祓詞》のこと?」
それならお安い御用だ。ひとつ、試してみようじゃないか。
一同が見守る中、ワタルは霊に向かい合って立った。そして、どこかで見ていてくれるに違いない神様に向かって二礼二拍手を捧げると、奏上を始めた。
「掛けまくも畏き伊邪那岐の大神、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に…」
傍らの国道をさかんに行き交う自動車の騒音を凌駕して、駐車場にワタルの声が響き渡る。乙女たちを酔わせる、パウロの美声だ。霊がニタッと笑った。
心を慄わすような抑揚とともに、ワタルが奏上を終えたその時、霊の頭上にボワッと白い光の球が現れた。その光はどんどんと明るさを増しながら大きくなり、彼女の全身を包んでゆく。あまりの眩しさに、男たちは目をつぶった。
数秒の後、閉じた目蓋の裏側で光が消えたことを感じた彼らは、再び目を開けた。そして、華奢で色白の愛くるしい少女が、眼前に佇んでいるのを認めた。その姿を世にも禍々しいものにしていたからだの損傷や血糊は跡形もなく消え、身に着けた真っ白いブラウスが、夜目にも清々しい。
「かぁんわいぃぃ〜ん!(= 可愛い!)」
男たちは萌えた。萌えながら、先ほどまでの恐怖が、ウソのように後退してゆくのを感じた。
「ぐうぅ~。」
それと同時に、空腹感もよみがえった。彼らは霊を連れて、ドライブインの中へと入っていった。
― 死後の世界 ―
「それじゃあ君は、亡くなったけど成仏できずにいるんだね?」
セルフサービスのキツネうどんを啜りながら、ゴローがサチコに尋ねた。
「自分でも、よく分からないんです。トラックに撥ねられたところまでは憶えてるんですけど…」
六人掛けテーブルの端っこに座るサチコは、明るい照明の下でも、生身の人間と寸分たがわぬリアルさで彼らの目に映っている。喋ると北国特有の訛りがあるが、それが彼女の語り口におっとりとした風情を与えていて、なんとも好ましい。
「気が付いたら、まわりが真っ暗闇で、身動きもできなくて…怖くて怖くて助けを呼ぼうするんですけど、声も出なくて…」
死後の世界とはそのようなものなのかと、一同は身を乗り出して、耳を傾けた。
「でも、そうするうちに、闇の彼方から光が近付いてくるのが見えたんです。それと同時に、からだが動くようになったので、嬉しくなってその光の中に飛び込んだら、皆さんの車の中にいたんです。」
ここまで、伏し目がちに自分の体験を語っていたサチコであったが、急に顔を上げると、『ザ・ミッションズ』の面々をジロジロと眺め回した。
「どうかした?」
左隣りでライスカレーを食べていたワタルが、問いかける。
「カツラだったんですね。」
「まぁ、いろいろと事情があってね。」
と、苦笑いするワタル。
「テレビに出る時は、カツラの他に、ドーランをこってり塗った上から化粧もするんだよ。それに、カメラを通すと、微妙に印象が変わるんだ。素のボクらと道ですれ違っても、多分、気付かないよ。」
ホットドッグと焼きソバを交互に頬張りながら、ミチオが補足する。
「あまりにフツーだから、ガッカリしただろ?」
レイバンのサングラスを味噌ラーメンの湯気で曇らせながら、ヨシオが訊くと、サチコはプルプルとかぶりを振った。
「とんでもない。皆さんとこうして直にお話できるなんて、なんだか夢のようです。」
「しかしまぁ、ビックリだよな。これがいわゆる“憑依”ってヤツか。」
人生経験を豊かにしたいと、グループサウンズを始めたヨシオであったが、さすがに霊体験までは期待していなかった。
「亡くなる直前に、ボクらに対して強い念が働いたんだろうね。」
とワタルが言うと、ミチオは、
「その想念が、物理的エネルギーに変換されて、時空を歪めたのかもしれないな…」
と、数式の世界に入ってしまった。
「しかし、キミらはともかく、ミッションズのメンバーではないボクにまで見えるというのは、どうにも解せないな。」
と、ゴローが首を捻る。多分、その瞬間、車内にいた者全員と同期してしまったのだろう。
「とにかく、こうしてこの世に戻ってきちゃったんだから、無事成仏できるまで面倒見てあげないとね。」
というワタルの言葉に、サチコは顔を輝かせた。